”ゲームの達人”
アメフットにおける攻守のプレイ選択の様式はカードゲームをプレイするのに似ていると思います。カードゲームのプレイは
- あらゆる局面に対応できるよう、バラエティに富んだカードを収集する
- 対戦相手の戦略を想像しながら、ルールに定められた範囲でデッキ(カードの束)を構築する
- 実際のプレイ(試合)では、各局面において相手の切ってくるカードを予測し、そのカードに”勝てるカード”を切る
手続きで成り立っています。これをアメフットに当てはめると
- はシーズンに入る前の準備期間に相当します。オフェンス(ディフェンスの)の”Principle”基本原則を定め、選手を集め、遂行すべきアライメント/アサイメントを教え込み、訓練します。
- は試合前の準備に相当します。相手の強み(弱み)がどこにあるのか、どんな局面でどんな攻め方(守り方)をしてくるのかを研究し、プレイブックの中から試合当日にコールするプレイを抜き出し、実戦で使える水準まで精度を上げます。
- は試合当日のプレイコールに相当します。相手のコールするプレイの予測に基づいてそのコールに”勝てる”プレイをぶつけます。
”アメフット工学”の(序)でふれたように、このリーグは各チーム間の保有する戦力(X)で他チームを出し抜くことが困難なためチームの競争力(Y)で相手に勝るために、戦力の活用の上手さ(a)の要素が極めて重要になります。以下では、2017シーズンに躍進を果たしたLos Angeles Rams のオフェンスと派手さはないものの勝負強さに定評のあるNew England Patriots のディフェンスを例に”(a)の高さを競う競技”の実際に迫ってみようと思います。
Rams のオフェンス
パワーランとそこからの派生プレイ
このオフェンスの屋台骨を担うのはタフなランが持ち味の#30 RB Todd Gurley です。Rams のオフェンスはまず彼のボックスエリアへの突進を起点として開始されます。その目的は「ディフェンスの関心をボックスエリア(と両オフタックル間)に引き付けることにあります。
ボックスエリア(上の画のオレンジで囲った範囲)にディフェンスの注意を引き付けられれば、そのエリアの外側のディフェンダー密度は低くなります。Rams はこの外側を
- プレイアクションパス
- QB キープ
- レシーバーのクイックエンドアラウンド
などの手法で攻めています。ここで重要なのは攻撃地点(Point of Attack, PoA) やボールの担い手を分散させ相手に守備の的を絞らせないことです。
シリーズ”アメフット工学”より
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Play action
シリーズ”アメフット工学”より
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”Fixed”なパス
Fixed"なパス
QBの目線はイニシャル(プライマリー)ターゲットに釘付けになってる。このスタイルのパスは、QBがディフェンスのカバーを読んだりプレッシャーをかわす必要がないのでアサイメントの遂行が容易。一方でディフェンスのカバーに対して「意味のとおる」機をとらえてコールされないといけない pic.twitter.com/cMpleKzPAW— ケチャ[kétʃə] (@toosourketchup) June 6, 2018
”Fixed"なパス pic.twitter.com/vG4rnAwKoM
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”Optional”なパス
Rams の”Optional”なパスは若いQB を助けるためタスク処理効率のいいプレイを用意しています。
”Optional"なパス
シリーズ”アメフット工学”より
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上のプレイはまず攻撃の対象とするエリアがすっきりしておりQB がターゲットを探すことを容易にしています。QB はまず”Go”ルートを走る#1を探し#2、#3と目線を下へ下げていきます。プレイアクションもパスカバー網もを綻ばせることとパスラッシュを軽減させる効果を果たしていてQB の”タスク処理”を助けています。
シリーズ”アメフット工学”より
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上のプレイは”オプション”の要素を極力簡単にすることでQB のタスク処理を助けています。
スクリーンパス
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Rams のオフェンスはこのスクリーンパスをコールするタイミングが絶妙です。上のプレイではプレイサイドのフラットゾーン守備の責任者がその責任エリアを放棄して突っ込んできたタイミングをとらえてコールされています。
デッキの組み立て
- Rams オフェンスはRB とボールの受け手となる信頼できるレシーバーを十分に揃えています。その結果ボックスエリア、オープン(フラットゾーン)ミドルからディープにかけてフィールドの広い範囲を、あらゆる方法で攻めることができます。
- オフェンスの組み立て方に確固としたストーリーがあります。パワーランとそこからの派生プレイ/広いエリアでの速いタイミングのパス/限定された”Optional”なパス/スクリーンパスを用い、相手に守備の的を絞らせないことと、相手の守備網の一番薄い部分にボールを持ち込みます。
- 若いQB に無理をさせない配慮。タスク処理が困難な”Optional”なパスの割合を少なくし、さらに”Optional”な要素を限定的にしています。
勝てるコール
Rams のオフェンスといえば、オフェンスのセットを早くしてQB とサイドラインの無線がつながってるうちにサイドラインからコーチが次に行うプレイを伝えていることでも話題を呼びました。これはかつて正統的なオフェンス手法とされた、ディフェンスの出方への対処を「QB にディフェンスのカバーを読むことで対処させる」仕事を、「コーチがディフェンスの出方を予測する」ことでコーチが肩代わりしている、といえると思います。
正統的とされるクォーターバッキングは「パスラッシャーをかわしながら、相手ディフェンスのカバーを読み、適切なターゲットに適切なタイミングで適切なリードボールを投げ込む」というものですが、こういった処理を的確に行えるQB を獲得できるチームは限られています。近年のディフェンススキームの複雑化やディフェンダーのスキルの向上傾向もこのクォーターバッキングの成立を困難にしています。ではそういう「正統的なQB」を獲得できなかったチームはどうやってオフェンスを構築すべきなのか?Rams やPhiladelphia Eagles のオフェンスの成功がそのヒントになると思います。
New England Patriots のディフェンス
”ハイブリッド”なディフェンシブアライメント/アサイメント
- 守備のベーシックアライメントは3-4 ですが、選手に「インテリアDL とLB のハイブリッド」「LB とDB のハイブリッド」な選手を複数登用します。
- フロント-LB -DB の各ユニット間の境界が不明瞭です。
- 各ユニット間の人員配置をスナップごとに調整します。アライメントが不規則です。
この「不規則なアライメント」から「不規則なアサイメント」を実行します。そのためオフェンス側は、スナップ前の時点でペイトリッツの各選手がどんなアサイメントを実行するのかを予測するのが困難です。
”Semi Prevent Defense”
Patriot's Semi Prevent Defense
シリーズ”アメフット工学”より
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本家本元のPrevent defense の実演 pic.twitter.com/CWlBF35baK
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ペイトリオッツディフェンスの”Principle”は「大量失点の原因に繋がりかねない、短時間にロングゲインを連発される事態を避ける」ことにあります。彼らはそのためにプレイ毎に「これ以上進めれてはいけない線」と「ここまでは進まれてもいい線」の位置を調整しながら、その線よりも手前で相手のボールを止めることを意図しています。これはつまりほぼ全プレイにわたってプリベントディフェンスを実行しているようなものです。
ドライブを切りに行く動き
シリーズ”アメフット工学”より
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さて誰が、どこから突っ込んでくるでしょうか?カバースキームはどんなでしょう?
正解はこちら。(予測できるか、こんなもん)
Zone Blitz
パスラッシュを効率化する取り組み(ニッケルブリッツ)と
パスカバーを効率化する取り組み(ニッケルバックのいないゾーンの穴埋め)が高度に組織されている。 pic.twitter.com/pnxR5dW8xb— ケチャ[kétʃə] (@toosourketchup) June 6, 2018
上は「正規のアライメント(4‐2 Nickle)」からの「不正規なアサイメント(Nickle ブリッツ)」
- パスラッシュチーム間のアサイメント調整
- カバーチーム間のアサイメント調整
- パスラッシュチームとカバーチーム間の連携
を行き届かせることでQB のタスク処理を困難にしています。
ペイトリオッツディフェンスにはチーム事情から「リーグを代表するサックアーティスト」や「リーグを代表するシャットダウンコーナー」といった「高価な」選手を保有する経済的余裕がありません。そのため
- アライメントからはアサイメントが想定しにくいラッシング/カバリングスキームを実行する
- 11人の多様なスキルを持った選手たちを精密に動かす
ことでディフェンスプレイの生産性を上げます。
#98と#53が共同してプライマリーアタッカー#93のためにブリッツレーンを開ける動き。パスラッシュの効率化の取り組み
シリーズ”アメフット工学”より
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ペイトリオッツディフェンスの”デッキ”の構造
- ”ハイブリッド”な選手を登用します。選手には従来のポジションの枠にとどまらない、多様なスキルを求めます。
- 基本的に引いて守ります。大量失点の糸口となりやすい、短時間のうちにロングゲインを頻発される事態を回避します。
- 勝負どころでは「ドライブを断ち切る動き」に出ます。「多人数パスラッシュと見せかけて3メンラッシュ」「ノーマルなゾーンディフェンスと見せかけてブリッツ」といった「ディスガイズ(擬態)」を上手く使います
- パスカバーにおいてもパスラッシュにおいても、各選手のアサイメントの精密な管理により「生産性」を向上させます。
”ゲームの達人”
試合のなかの様々な局面で、どんなチームが、どんな目的で、どんなプレイを選択するのか?
この戦術的なやりとり、腹の探り合いはアメリカンフットボールという競技の持つ一番の魅力じゃないかと思います。最善手が指せるかどうかも勿論ですがその「手」自体を上手く遂行できるのか(選手がアサイメントを遂行できるのかどうか)にもチームごとに上手い/下手があります。断言しますが、この競技はコーチが
- デッキに収めるべきカードを収集する
- デュエルに合わせて最適なデッキを組む
- その場に最適なカードを切る
ことができなければ”The last man standing”、「最後に立っている男」にはなれません。あなたもRaiders ファンになればきっと同意してくれるはずです。
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